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最高裁判所大法廷 昭和38年(あ)2496号 決定

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人佐々野虎一の上告趣意(一)について。

所論は、刑法一九八条の規定は憲法二九条一項に違反する旨主張する。

しかしながら、記録に徴すれば、本件第一審判決は右刑法の条項を適用して被告人を有罪としたのに対し、被告人は控訴趣意書において右刑罰規定自体の合憲性を争う主張を全くせず、従つて原判決もこの点になんら触れるところなく、右控訴を棄却したものであることが明らかである。このように原審で主張判断を経なかつた事項に関し、当審において新たに違憲をいう主張は、適法な上告理由に当らないものといわなければならない。けだし、元来、上告は、控訴審の判決に対する上訴であるから、控訴審で審判の対象とならなかつた事項を上告理由として主張することは許されないものと解すべきであり、また、控訴審では、控訴趣意書に包含されている事項を調査すれば足り、これに包含されていない事項については、たとえそれが第一審判決の適用法条の合憲性の有無に関するものであつても、職権調査の義務を当然には負うものではなく、この点に関し判断をしなかつたからといつて、上告を以て攻撃されるべき違法とは言い難いからである。

同上告趣意(二)は量刑不当の主張であり、同(三)は憲法七六条三項違反をいうが、実質は単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも上告適法の理由とならない。

よつて刑訴四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により裁判官全員一致の発見で主文のとおり決定する。(裁判長裁判官横田喜三郎 裁判官入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠)

弁護人佐々野虎一の上告趣意

(一) 刑法第一九八条(贈賄)の規定は、財産処分の自由を不当に制限するもので、憲法第二九条その他に違反する無効の規定である。

(1) 収賄罪の本質に関しては、ローマ法主義とゲルマン法主義の対立はあつても、公務員自身を処罰すれば足り、贈賄者まで刑責を及ぼす必要はない。公務員は国の雇人である。国は自己の雇人に対して、贈賄を収受、要求又は約束しない様に十二分に指導監督すべきであつて、贈賄をなす側を処罰するのは行き過ぎである。

このことは、鉄道公務員に対する賄賂と、私鉄職員に対する賄賂について比較検討すれば、如何に賄賂が不合理のものか判然する。

(2) 憲法二九条第一項には「財産権は、これを侵してはならない。」と規定する。裏面に於ては、私有財産の自由処分を保証したものである。所有者が公務員に贈与することも理由なく制限したり、処分行為を処罰することは、私有財産の自由処分を規定した右憲法の法条に違反し無効のものである。

したがつて憲法に違反して無効な刑法第一九八条を適用して、被告人小国に懲役八ケ月を言渡した、第一審判決を正当とした原判決は違法である。<以下省略>

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